【 第6章 】
びくん、びくん、と何度か腰が震えた。
シーツを押しのけそうになっていた足先から、少しずつ力が抜けていく。
ふわふわと、宙に浮かんでいるような感覚。
それが、ゆっくりと、薄れていく。
「あ……ふあ……んっ……」
けど、まだどこか現実味がなかった。
全部が、あの夢みたいで。
手を伸ばしたら、消えてしまいそうで。
(でも……夢じゃ、ないんだよね)
必死に抱き着いた蒼真くんの体。
わたしの中に入ってきた、あの感覚も――まだ、ちゃんと残ってる。
「……なに、いいように体触らせてるんだよ」
聞こえた声のほうを見ると、
蒼真くんは、顔をシーツに埋めたままだった。
「だ、だって……こんなの、はじめて……」
「……ごめん」
謝るときに限って、顔を見せようとしない。
……そういうとこ、昔と変わってないんだなぁ。
ふっと気がゆるんで、つい昔みたいに彼の頭を撫でてしまう。
「……撫でるな」
そう言うけど、逃げたりしないから、そのまま続けた。
「ねぇ……なにを、怒ってたの?」
すぐには返事が来ない。
だから、こうして撫でながら、待つ。
彼がちゃんと言葉を探してること、知ってるから。
「……俺も、初めてだったんだ」
ぽつりと、言葉が落ちる。
「何が?」
「たぶん……“嫉妬”したんだ。あの男に」
そのまま、蒼真くんは反対を向いてしまった。
「嫉妬……一瀬くんが?」
少し縮こまって頷いた、その後ろ姿は――
さっきまでの蒼真くんとは、まるで別人だった。
今にも嫉妬されそうな“完璧な人”じゃない。
ただの、ちょっといじけた男の子だった。
「最初は……ここまでするつもりなんて、なかった」
「そもそも、出席する気もなかったんだ」
「え、じゃあ……なんで?」
「……お前が参加するかもって、主催の人に言われたからだ」
橋戸さんだ。あの人らしい。
嘘はつかないけど……たぶん、駆け引きしたんだ。
どうりで、あれだけしつこく誘ってきたわけだ。
わたしにお洒落までさせて。
「普通に終わらせて、解散するのを見ようと思ってた。……だけど」
蒼真くんの肩に力が入った。
きっと、またシーツを握りしめてる。
「あの男が、お前に話しかけて……
お前も、なんだか満更じゃなさそうで……」
そう見えてたんだ。
「それを見たら……こう……初めて、だったんだ。
はらわたが煮えるって、ああいう感覚のことを言うんだ、って」
「……そう、だったんだ」
いつの間にか、わたしは彼の頭を撫でる手を止めていた。
「真っ白になった頭のまま……動いて。
それで……お前に、あんなことを」
頬に感じる熱は、そのままにしておく。
だって彼は、まだこっちを見ようとしないから。
「だから……この部屋は、別々に出たほうがいい」
「……なんで?」
「俺が、さっきみたいになるからだ。
次があったら、これじゃ済まない。……お前を、きっと傷つける」
蒼真くんはそう言って、言葉を止めた。
ずっと、背を向けたまま。
……話し終わったみたいだ。
じゃあ、今度は――
「一瀬くん。こっち、見て」
わたしの番だ。
「……無理だ。どのツラ下げて、なんて言われたくない」
「……そういうこと、言うんだ」
軽く、体を起こす。
片手と片足をついて、体をまたぐようにして――
「……なんて格好、してんだ」
さっきとは逆の構図。
男の人をまたぐなんて、はしたないことだって、ずっと思ってた。
でももう、そんなこといい。
彼が作った建前にだって、隠れたくない。
いつの間にか大人びていた、その横顔に――
ちゃんと応えたいって、思ったから。
そのための背伸びなら、怖くない。
たとえ同じ床に立っても、
そのままじゃ、届かないとしても。
「……避けたら、イヤだよ」
背伸びしたら、こうやって触れられる。
さっきの、彼の指先から伝わった優しさが、本当の気持ちだって、わかったから。
「んっ……」
「ゆずっ……」
そっと重ねた唇。
背中に、彼の手が回ってくる。
……迷ってる。
引き寄せるのか、押しのけるのか――その狭間で、揺れてる。
じゃあもう、わたしが。
その距離を埋めてしまおう。
胸元を、彼の胸板に預ける。
ふにっと、自分の体がたわむのと同時に――
お腹のあたりで、硬いものが触れた。
「俺……言ったからなっ……!」
迷っていたはずの腕が、ぐいっとわたしを抱きしめる。
さっきよりも強く。
さっきよりも熱く。
彼の体温が、真っ直ぐに伝わってくる。
コメント