【 第4章 】
ええと……なんで、こうなってるんだろう。
部屋に置かれたソファに腰をかけてはいるけど、ちっとも落ち着かない。
隣には、少し間隔をあけて座っている蒼真くん。
落ち着いている、というよりは……なんだか“研究対象”でも観察しているみたいな目をしてる。
ふと、彼が立ち上がり、ベッドの方へと歩いていく。
何をするつもりだろう、と思ったそのとき。
彼が手を伸ばした先に気づいて、思わず声が出た。
「い、一瀬くん、待って――!」
「なぁ、白石」
……遅かった。
蒼真くんは、枕元に置かれていた“それ”を手に取っていた。
手のひらに収まるくらいの正方形の袋。
左右が、指で簡単に切れるように加工されている。
色はちょっと派手め。けれどこの部屋の調度とは妙に合ってしまっている。
彼はそれを、じーっと興味深そうに眺めたあと、こちらへ振り向く。
やめてほしかった。でも、彼は止まらなかった。
「このホテル、なんでゴムが枕元に置いてあるんだ?」
「~~~~~っっ!!」
いやらしく”ない”言い方に怒りが込み上げてきたのは、たぶん人生初だった。
* * *
お店を出たあと、蒼真くんは「ひとまず人目から外れたい」と言った。
そのとき、彼の目に真っ先に入ってしまったのが、このホテル。
……ただし、その前に「二文字」つくタイプのやつだった。
どうやら、彼は本当にこういう場所に来たことがなかったらしい。
自動ドアをくぐった瞬間、
「なんで部屋の内装が一覧になってるんだ?」と素で聞いてきて。
「とりあえず、これがよさそうだ」と選んだまま、
フロントの人に呼ばれるまで、突っ立ったまま動かず。
極めつけには「泊まり?」と聞かれたとき、
「ここは……宿泊施設では?」と真顔で返した。
その場にいるのがいたたまれなくなってしまって、
フロントの人の微妙な視線から逃げるように、
彼を引きずってエレベーターに押し込んだ。
* * *
――ほんと、なんでこうなってるんだろう。
「だから、そのっ。ここは、そういうことをする人が入る場所でっ……!」
今すぐ顔をカバンか何かで隠してしまいたい。
けど手元にあるのは、さっき持ってきた小さなポーチだけ。
顔のどこも隠れやしない。
「っていうか、わたしのカバンはっ!?」
「店員さんにはもう伝えてある。明日以降にでも取りに行く」
「いや、そういうことじゃ……それに、一瀬くんのは?」
「ああ、中に二人分の参加費も入れてきた。最悪盗られても問題ない」
「ええ……?」
理解が追いつかない。
なんていうか……全部が予想の斜め上。
混乱したまま口を開けっぱなしだったことに、自分で気づく。
「そうか。ここは、男女が密会をするような場所、か」
ようやく、彼の理解が追いついたらしい。
淡々としたその言い方は、あまりにも「思い出の中」にいた蒼真くんそのものだった。
その面影を思い出そうとしすぎて。
「じゃあ、お前は、それを知ってて。入るのを止めなかった訳だな?」
ようやく気付いた。
いつの間にか蒼真くんが、すぐ目の前に立っていたことに。
そして、彼がどんな顔をしているのか、見るのが少し遅れてしまったことに。
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